灯籠は、愛し名を呼ぶ

1:1 / 5〜10分程度
記憶を過去に遡る話。親しいはずの人の名前を思い出せない走馬灯。

タイトルコールについて(2020年6月26日追記)
公開媒体に合わせて、伝わりやすいように一部変えていただいてもかまいません

登場人物
・戸倉 楓(とくら かえで)♀
高校一年生。
クラスの中では少し浮いた存在の学級委員。
規律に忠実なため少々お堅い印象を受けるが、親しい相手には遠慮のない、普通の少女。
・彼♂
高校一年生。楓と同じクラス。楓とは入学式の直前に出会う。
穏やかで人当たりがよい。
本名は、菓 征爾(このみ せいじ)。

役表
灯籠は、愛し名を呼ぶ
作:えびちりちゃん
戸倉楓:
彼:



◆シーン1:冬、雪の降る帰路

楓「……だれ?」

彼「え?」

楓N「気がついたら、見知らぬ男の人がいた。傘を持っていないから、降りはじめたばかりの雪が、ダッフルコートの肩にじんわりと染みていく」

彼「なに言ってんの。熱でもある?」

楓N「不思議そうな顔をしたその人は、私の額に手のひらを当てる。
   伸ばされた手をなんの不審もなく受け入れるから、この人と自分は親しいのだろうか。
   しかし意識はいやに朦朧として相手の名前すら思い出せない。心配そうに覗きこむ顔は、たしかにどこかで見た気がするのに」

彼「うーん、熱はなさそう」

楓「……手袋してるのにわかるの?」

彼「さあ、どうだろう」

楓N「額にあてられた手のひらが、そっと視界をふさいだ。唇にあたたかいものがふれる。……キスを、されたのだ」

彼「……もし、ほんとに風邪だったら、うつっちゃうね」

楓N「名前も知らない誰かは、悪戯っ子のようにはにかんだ」


◆タイトルコール

彼「灯籠は、愛し名を呼ぶ」


◆シーン2:秋、イチョウの並木道

楓「そういえば、いしや~きいもってやつ。声は聞くけど見たこと一度もない」

彼「ホラーか」

楓「ホラーだよね」

彼「焼き芋食べたくなるな」

楓「うーん、私はそうでもないかも」

彼「じゃあなんでこの話したんだよ」

楓「え?だって昨日ホラー映画見たって言うから」

彼「なんでもかんでもホラーにすんなよ」

楓N「過ぎ去った夏の光を集めたかのように色付いたイチョウの葉が、ばらばらと落ちていく。
   レンガ調に舗装された道を埋め尽くさんというばかりの量に、このくらいあれば焼き芋も作れそうだなとぼんやり思った。
   いつから二人は話していたのかわからないが、きっとこれが私達の日常なんだろう。」

彼「今度探しにいく?いしや~きいも、の車」

楓「……いかない」

彼「つれないな〜。皆んなが見たらびっくりするんじゃない?あの戸倉楓さんがこんな所で、いしや〜きいも、なんて」

楓「どういう意味よそれ」

彼「風紀に厳しい、お堅いクラス委員。
  いくらうちの学校の校則がきびしいからって、寄り道や買い食いすら絶対にしないから、遊びにさそっても絶対断られちゃうっていう」

楓「……ねえ、あなたと出会ったのっていつだっけ」

彼「何いってんの、半年前でしょ。春。ニューガクシキ」

楓「そっか」

彼「ていうか、出会ったとか言うなよなあ」

楓N「単語ひとつに気恥ずかしさを感じる、微妙な年齢とでもいうのだろうか。
   私たちは学生で、目の前の男はどうやら同じクラスの友人らしい。
   人懐っこい笑みがかわいい、なんて言ったら、怒るだろうか。
   ああでもこの頃、私はずっとこの人のことばかり考えていた。そんな気がする」

彼「何だまってんの。なんか言えよ、恥ずかしい」

楓「……ねえ、」

彼「なに?」

楓「私、あなたに出会えてよかった」

彼「……ほんとに大丈夫?」

楓N「茶化すような軽い声音とは裏腹に、私の頭を撫でる彼の手はひどく穏やかで、優しかった。
   こみ上げてくる切ない気持ち。
   きっと私は、この人のことが好きなのだろう」

彼「好きだよ、楓」

楓N「彼の名前は、まだ、思い出せない」


◆シーン3:春、入学式

彼「葉桜かあ、もうちょっと咲くのが遅ければ、いいかんじの入学式だったのにな」

楓N「人混みのどこからかそんな声が聞こえた。これから毎日通うことになるらしい学校は、駅から歩いて十分。レンガで舗装された道は、夜に雨でもふったのだろう、黒く湿っていた。校門から校舎へまっすぐ向かう人の流れから抜け出すと、運動場までのひらけた場所に、桜の樹。一本だけひっそりと立つ姿は、なんだか少し寂しい」

彼「あれ、先客がいる」

楓N「振り向くとそこには、例の彼の姿」

彼「綺麗だよね、俺もつい来ちゃった」

楓N「花びらに混じる緑は、光を透かして薄く影を作る。胸元の造花が、そのなかではまるで本物のように見えた」

彼「ああ。俺、菓 征爾(このみ せいじ)って言うんだ。はじめまして」

(間)

楓N「これは束の間の夢だ。
   私は私の記憶の中で、彼……征爾との出会いを反芻(はんすう)している。」

◆シーン4:事故現場

彼N「溶けかけの雪は、泥と混じって茶色く汚れている。そのなかに広がる赤い滴は、なんだか作り物のようで実感がわかない。
   近づいてくるサイレン。俺たちを取り囲む人々のざわめき。なんだか頭がぼんやりとしていた。
   いったい何が起きたのかなんて、わかりきっている。それなのに、どうしても脳みそは現実を受け入れない。
   俺はただ、その子に差し出された手を握るので精一杯だった。」

楓N「私の手を握る彼は、幼さの残る顔を強ばらせて、必死に泣くのを我慢しているように見えた。
   なんで私なんかのために泣くんだろう。遠のいていく意識では、見知った彼の名前すら思い出せない。
   だんだん指先の感覚も薄れてきて。視界も黒く濁ってきて。
   ああ死ぬんだなって思いながら、私はぼんやりと彼の顔を眺めた」

(間)

楓N「もし、走馬灯なんてものがあるのならば、この人の笑った顔が、見てみたい」

20200507 公開
20200626 タイトルコールについて追記

phytoplasma

朗読用テキストと声劇台本置場(になりますように)

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